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梓澤要「方丈の孤月」を読む2

21世紀の現在でも琵琶弾法の伝授には、時間を要する。私の場合は師匠から口伝で教わったのですが、西洋由来のソルフェージュが通用しません。なぜなら五線譜に書かれていないからです。
さて、物語の舞台である平安末期から鎌倉時代にかけてはどうだったのでしょう?

「琵琶の独奏曲には秘曲と讃えられる三曲がある。「楊真操」、「石上流泉」、それに「啄木」。  承和の遣唐使隊で准判官として渡唐した藤原貞敏が揚州の開元寺で廉承武なる唐代一の名手に教えを受けてこの三秘曲を伝授され、例の名器「玄上」と「青山」またの名を「牧馬」を譲られて帰国。仁明天皇に献上して面目をほどこした。  貞敏はまた、伝授された曲の譜調を『琵琶諸調子品』なる書に著わし、それをもとに調弦法を整理して規範を定め、日本式に改変。琵琶そのものは奈良朝にはすでに伝来していたが、唐風の奏法しかなかったのを、初めて日本人好みの旋律と曲調を生みだした。  以来、師資相承で守り伝えられ、この三秘曲の伝授を受けることは、密教でいえば最奥義の「伝法灌頂」にあたり、これらを弾くことで仏の位・悟りの境地に近づける。その演奏を聴く者もまた余慶に与り、解脱に導かれるとされている。「かように厳粛かつ神聖なものにございます。琵琶弾きなら誰もが夢にまで見て精進しながらも、容易には叶わぬもの。まさに末代までの栄誉なのです。くれぐれも心して受けてくださらねばなりませぬぞ」  くどいほど念を押し、慎重に吉日を選んで技芸の神である弁財天に祈りを捧げてから、やっと伝授にとりかかった。」

引用—『方丈の孤月―鴨長明伝―(新潮文庫)』梓澤要著

2023/7/10