薩摩琵琶 武部丈水の活動を紹介しております。

梓澤要「方丈の孤月」を読む3

話はいよいよ秘曲「啄木」の伝授場面へ。作者が、実際に琵琶を奏でた経験を元に書いていると思わせるくらいの表現になっている。
以下のような楽琵琶動画を参考にされたのだろうか? 雅楽で用いられる楽琵琶演奏は、現在のドレミ長音階に近く、耳に馴染みやすい。哀愁を帯びた盲僧琵琶との違いを感じます。
この小説では、啄木の演奏を巡って鴨長明が秘曲を勝手に弾いたとされる史実が問題になっていきます。

https://youtu.be/KPe-d7G37-k


「柱を押さえる左手指の動きと、撥さばきがえらく複雑なのだ。下から半円を描くようにゆっくり撥を上げ、一気に下ろして弦を弾くのが基本だが、二弦ずつ鳴らす「割り撥」、高い弦から低い弦に向かって弾く「返し撥」、柱を押さえて隣の弦を同じ音にして同時に弾く「搔きすかし」、その三奏法が間断なく連続する。それもうっかりすると指の動きが追いつかなくなるほどの速さなのだ。  しかも、変調をくり返す。高く明るい呂調、低く重い律調。呂には双調、太食調、壱越調の三調があり、律は平調、盤渉調、黄鐘調の三調。合わせて六調子が組み合わさり、重なり合う。いつの間にか変調したのを見逃してしまい、右往左往していると、「ほれ、また音が外れましたぞ。五音七声がぶれぬよう、耳でしっかり聴きながら、手を動かさねば。ほれ、またっ」  叱声が飛んでくる。いつもの猫なで声が噓のような厳しい声音だ。  基本の音階である五音七声は、下から、宮(ド)、商(レ)、角(ミ)、徴(ソ)、羽(ラ)の五音に、角と徴の間に徴の音より半音低い変徴(ファ ♯)、羽の上に次の宮より半音低い変宮(シ)、その二つを加えて七声。  だが、「啄木」の伝授はついに完遂できなかった。有安師が筑前守に任じられ、かの地へ赴任していってしまったのである。  いや、伝授そのものは最後まで終わっていた。あとは自分で練習を積み、完璧に自家薬籠中のものにする。そういうところまでいっていた。残るは、師の前で披露してこれでよしと認められ、いよいよ三秘曲すべて伝授したことを世間に公表してもらう。その寸前で、急遽、赴任ということになってしまったのだ。

2023/7/13